夏の夕立

三船海岸沿いは今日も夕暮れだった。
ひしゃげた鴎が宙を舞う。
黒ずくめの海洋が高らかに鳴いている。
その遠吠えを聞きつけたシド・ヴィシャスが浜辺に流れ着く。
ニーチェが孤城に顔を埋める。
小便を搔っ食らう神が髭を整える。
鸚鵡返しのSiriが問いかける。
濃紺に沈む海原は霧笛を待っている。

 


『夏の夕立』

 


笠松の停留所は雨だった。
来れども来れども運転手は怪訝な眼差しを向ける。
煩わしさを抱えたアナウンスが反響する。
飛沫を上げて立ち去るディーゼルの攻撃性と咳き込む煙。
一つ一つの粗相を見つめる静寂の音がした。
お前か
それともお前か
説教を垂れる雷が頬をつねる。
サーカス集団がパラダイムシフトの儀式を済ませて立ち上がる。
ルーブルを召し上がれ!」


「…岡野宮〜岡野宮〜」
侵入する。
一粒一粒の更に小さい世界へ。
流を感じる。
流は流を呼んで、流に流と呼ばせた。
爛々と、爛々としている。
流は爛々としている。
流は爛々と…
「次止まります」
規則的な白黒写真に遡行する。
「ごめんなさいね」
前方でババァが喋る。
今日は降り止まない雨だが、明日は降り止む雨だと思った。


三日月だった。
三日月はソファーみたいに座れる。
満月はソファーみたいに座れない。
そう思った時もう一度海を見たくなった。
停車ボタンを連打する。
世界はそれに呼応しないが、停留所は山の中だった。
柘榴の異臭が鼻を突く。
アウトロに差し掛かる右ハンドルが燥いでいる。
ドレミを拾いに行く望郷の雨。
車輪がグルグルしている。
車輪はグルグルしていた。
右も左も同じで、前も後ろもやがて同じになった。
四肢の感覚を捥いで此処は海だった。
「大丈夫ですか!?」
カーカーカーで事足りる。
蝉はうるさい。

 


fin.